【短編小説】

人はみな鎌を持った瞬間、死神になる



 絵の具で塗りつぶしたかのように真っ青な空だった。現実味なんて欠片もない、だけど現実に広がっている空。雲ひとつない無地の空なんて、久しぶりに見たような気がする。  穏やかな午後、木漏れ日となって降り注ぐ太陽の暖かさが心地良い。
柔らかい陽だまりの中で、誰も彼もが笑い合い、平和な時が過ぎていく。
 血なまぐさいことも、黒めいたことも似合わない。そんな時間をぶち壊すのは、いつも決まって彼だった。

 中途半端に伸びた茶髪に、優しそうにも理知的にも見える瞳。のどかな景色の中にいても違和感のない、柔和な顔立ちの青年だ。しかし手に持っているそれは、のどかな景色には相応しくない代物。

 彼はいつも鎌を持っている。鎌を握ったまま、陽だまりの中に足を踏み入れてくるのだ。

 顔は無表情。感情の読めない瞳でターゲットを定め、鎌を振り上げる。「あっ」と気づいたときには刈られてしまう。そして自分がついさっき刈り取ったものには目も向けず、次々に刈っていく。

 彼が来るたびに、ここは死神の狩り場となる。
 体を切られたものの悲鳴が聞こえる。魂を根こそぎとられたものの断末魔が聞こえる。

 青年――死神にこの声は聞こえないのだろうか。いや、聞こえているわけがない。聞こえているのであれば、きっと鎌で命を刈り取ることなんてできない。次々に未来を絶たれるものの叫びなんて、聞いていたら頭がおかしくなってしまうに違いない。

 死神の刈りを静観している少年は彼と同じ存在だ。命を刈りとるための鎌を手にとれば、死神になることができる。刈られる側ではなく刈る側の人間。

 それでも鎌を手にとらないのは、理不尽に命を刈られるものたちの痛みを感じるから。命を刈り取ることの重みを知っているから。
 今魂を刈っている死神にも、見ているだけの少年にも命はある。だからこそ、誰かに奪われていいものではないことを知っている。


 ――そんなわけで、少年はいつも眠っている。苦しむものの姿が見えないように、固く目を閉じて。


「……目の前でさぼられると、むしょうに腹が立つのだが」

 花壇の中で草刈り鎌をせっせと動かし懸命に働く双葉は、斜め右前の木に背を預け、呑気に眠っている陽介を睨みつけた。顔をあげると汗が垂れてくる双葉とは対照的に、陽介は涼し気な顔をしている。踏みつけたくなるくらい生意気な顔だ。

「さっきも言いましたけど、俺優しいから、命を刈り取ることなんてできないっすよ」
「いい加減、君を刈りたくなってくるのだが」

 声に凄みを出して脅してみても陽介はアクビをもらすだけ。
 堪忍袋の緒が切れるのも時間の問題だった。
 双葉は刈り取った草を踏みつけながら、木漏れ日の中に入った。
 先輩の目の前で堂々とサボリを決行する後輩には、厳しい成敗が必要だ。

「おい、陽介」

 返事がない、眠ってしまったのかもしれない。
 頭の奥でぷちんと何かが切れる音が聞こえた。張り詰めていたものが切れると同時に、ひどく心が荒んでいく。

「全く、仕方のない後輩だ」

 「陽介は雑草だから、踏みつけても問題ないよ」前に働き者の可愛らしい後輩が、そんなことを言っていた。確かに、そのとおりだ。

 にやりと笑った双葉は――草を刈り取るための鎌を大きく振りかざした。

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