【プロローグ scene0-4】

代 表 者 会 議



 一番古い校舎の奥に、薄暗い会議室がある。黒いフードで顔を隠した魔女が、ニヒルな笑みを浮かべながら鍋をかき回している姿が似合うくらい不気味な場所だ。
 新しい校舎に行けば最新設備の整った会議室があるのだが、学園創立時から行われている代表者会議は、この場所で行うというしきたりがあるらしい。

(でも、ここ嫌いなのよね)

 石造りでできたその部屋を、橙色のシャンデリアが薄気味悪く照らしている。

(まるで、監獄みたい)

 石壁に囲まれた部屋の中央には、数十人が一斉に囲めるほど大きなアンティーク調のテーブルが鎮座している。縦に長いテーブルを囲んでいるのが、この学園の中枢を担う三組織――生徒会、自治会、そして治安部の代表者たちとその関係者だ。

 今、私が座っているこの席は治安部の席になる。
 治安部は学内の治安維持を目的とした組織であり、風紀委員会がその代表をつとめている。

「――治安部からの報告は以上です」

 私たちの組織の代表(つまり風紀委員長ってことになる)は、藤原道鷹。代表者の中で唯一の人間だ。

(先輩の話、全然聞いてなかった)

 身内なので、特に記録することもないだろう。
 立っていた藤原先輩が着席する。目が合うと、なぜか優しく微笑まれて苦笑する。黙っていれば貴族のように洗練された空気をもった人だが、

(苦手、なんだよね)

 口を開けば歩と同等の変質者だ。騙されはしない。

「次に、先日の行方不明者についての報告を、会長からどうぞ」

 生徒会の代表者は、鬼灯遠万。猿山のボス的存在、三鬼頭のうちの一人だ。

「木藤風清が行方不明になっている件についてだが――」

 本来なら、行方不明事件は治安部が調査するべきことのはずだが、鬼灯は人間が信用できないらしく、この件に関しての調査は全て生徒会へ委託されている。

(私がいるから、なおのこと信用できないんだろうな)

「本人の室内、および校内をくまなく捜査し、手がかりとなる痕跡が残っていないか調べてみたのだが、何も見つけることはできなかった」

(なんの手がかりもないまま、私を殺そうとしたわけ?)

 いくら何でも理不尽すぎる。

「また、学内の各所出入口に設置されている監視カメラの映像を、風清が行方不明になった当日から確認していったが、それらしき人物が校内を出た形跡もなかった。ゆえに、考えられる可能性は二つだと私は思っている」

 鬼灯が一旦言葉を区切る。

「まず一つは、風清が誘拐されたという可能性。この学園には、我々ですら把握しきれていない隠し通路や隠し部屋がある。第三者の手によって、そういったところに連れ込まれた可能性がある。もう一つは――」

 今、私の視線の先にはメモ帳があるのだが、正直、顔をあげる勇気はない。何となく、鬼灯が私を見ているような気がする。

「殺害された可能性だ。殺害されたのであれば、鬼である風清の遺体や血痕は残らない。残った衣服もすでに焼却されている可能性がある」

 鬼灯は、風清先輩の失踪に関して何の手がかりもつかめなかったから、私に罪をなすりつけて事件を解決させたいだけのように思える。

「……つまり、風清も例に漏れず、なんの前触れもなく唐突に消えた。そういうことだな?」

 凛とした声が会議室に響く。
 全員の視線が一斉に、テーブルの一番奥に座っている美少女に集中した。
 艶のある長い黒髪に、赤くて透明な、宝石のように綺麗な瞳。日に当たったことがないのではと疑いたくなるほど色白で、妙に艶かしい雰囲気をまとっているこの美少女も、三鬼頭の一人――桜宮姫希だ。
 姫希は自治会の代表で、統括寮長でもある。
 よく通る声が石壁の隅々にまで浸透していき、メモ帳に没頭していた私でさえ、顔をあげた。

「しかし、今までとは違う点もある」
「ほぅ、違う点?」
「風清は行方不明になる直前、弟に行き先を告げている」

(それって、もしかしなくても私のこと?)

「ああ、それなら知っている。それだけを根拠に、君が殺害を疑っていることも、な」
「それだけとはいうが、十分すぎるほどの根拠だ」
「行方不明になった時間帯が明らかになっていない状態で、決め込んでしまってどうする?」

 姫希は殺害以外の可能性も考慮しているらしい。三鬼頭の全てが短絡的な思考ではなくて安心した。鬼灯だけでも厄介なのに、三鬼頭の全員が私を殺そうとしてきたら、さすがに死んでしまう。

「ここ数ヶ月で、すでに七人。異常なペースだ。失踪にしろ殺害にしろ、一連の事件は繋がっていると考えるのが自然であろう。君は、風清の件だけを特別視している。少しは冷静になることだ」

 そうだそうだ、と声には出さないが思う。

(でも、鬼灯のことだから、一連の事件に乗じて殺したんだ、って主張しそうね)

 連続行方不明事件に絡んでいると見せかけた殺害事件。
 どのみち、鬼灯の考えは変わりそうにない。

「少し、口を挟む」
「え? あ、どうぞ、寒凪先生」

 鬼灯が反論しかけたタイミングで、寒凪先生が手を挙げた。
 寒凪剛――教員という立場ではあるが、実は三鬼頭の内の一人。生徒会の指導顧問でもある。
 昨日、派手にどんちゃん騒ぎをやらかしていたはずだが、特に大きな怪我はしていないようだ。会議室の隅の方で腕を組んで立っている奏先生にも怪我はない。

「行方不明になった生徒の共通点だが、養護の山瀬先生によると、日数に多少の誤差はあるものの、いなくなる数日前から体調不良を訴えていた生徒であるらしい」

 行方不明になる鬼に、体調不良という分かりやすい共通のサインがあるのなら、事態は進展しそうだ。

「体調不良の原因は分からないが、血飢に近い状態になっていたのだろうと考えられる」

 血飢はその字面通り、体内の血液が不足し、鬼が無意識に血を求めるようになる病のことだ。この状態に陥った鬼は、発症のレベルにもよるが、無差別に人を襲うようになる。

「血に飢えた鬼に襲われて、人が殺した。その可能性も、否定はできないということですね」

 鬼灯はいい加減、視野を広げるべきだと思う。

「その可能性もあるが、誰も彼もが鬼を殺せるわけではない。人間側の被害報告がなく、鬼だけが消えているというのも、おかしな話だと思うが」
「……体調不良の鬼を見張れば、何らかの糸口が見つかるかもしれない、ということかね」

 姫希の言葉に、寒凪先生が頷く。

「俺もそう考えている」
「では、それでいこうじゃないか。体調不良を訴えている鬼は厳重に監視を」

 ひとまず、事件についての話はこれで打ち切りのようだ。
 鬼灯はいかにも消化不良だという顔をしていた。

◆ ◆ ◆

 会議が終わって、関係生徒たちが一斉に外に出ていった。私も資料をまとめて、立ち上がろとしたところで、

「あの頭の固い鬼は、君を食らおうとしている。とんだ災難だ。かわいそうに」

 透明な声が、耳の奥にすぅっと入ってきた。あの美少女が、私の耳元で囁いたのだ。
 ハッとして振り返ったが、彼女は何事もなかったかのように去っていく。

「如月、どうした?」

 隣に座っていた季砂が、訝しげな顔をしている。立ち上がりかけた体勢のまま、止まっていたからだろう。

「本当に、その通りだなって思っただけ」
「なにが?」
「なんでもない」

 今度こそ本当に立ち上がる。
 会議室を出ようとしたところで、鬼灯が目の前を横切った。
 無機質な赤い目が、私を映してから去っていく。

(どうしても、私を殺さないと気が済まないのね)

 本能的に感じた恐怖のせいで、しばらくは体が麻痺したかのように動かなかった。

(もう鬼灯には、どんな言葉も届かない。風清先輩の真相を掴まない限りは)

 会議室から全員の姿が消えたところで、私もようやく外に出る。
 生きたいのであれば、戦うしかない。
 石造りの重い扉が、怪しい音をたてながら閉まっていく。
 体の震えはまだ収まらない。心臓も、早鐘を打っているかのようにうるさい。

(一人だから、不安になるのかも)

 長い廊下の一番奥に見える鬼灯が、一瞬だけ振り返ったような気がした。

(誰かのところに、行こう)

 緊張で胸が押しつぶされそうな思いの中、私は――。

季砂を追いかけることにした
歩を探すことにした